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大森銀山は、大永7年(1527年)から大正12年(1923年)の間、約400年にわたって銀が掘り続けられました。
最盛期には世界の銀の約3分の1を産出したといわれています。
この間、銀山の支配者は大内・尼子・毛利・徳川と変遷しました。
大森からの銀の搬送路が3本残っています。
1つは、7kmの鞆ヶ浦港(大田市仁摩町)に搬出する道で、大内・尼子の時代のものです。
2つ目は温泉津(ゆのつ)港に搬出する温泉津・沖泊道で毛利の時代。
3つ目は徳川時代に瀬戸内海の尾道港(広島県尾道市)まで、130kmを3泊4日を要して運んだ道です。
支配者の時代を背景にした3つのルートの多くは車道となりましたが、一部は当時の面影を残しています。
石見銀山遺跡とその文化的景観として平成19年(2007年)に世界遺産に登録されました。
※写真は、大森代官所跡のいも代官ミュージアム。