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59 足柄古道

足柄古道

古道を歩く

◎矢倉沢バス停→地蔵堂→足柄峠→JR足柄駅 《歩行約4時間15分》

矢倉沢バス停から矢倉岳を見ながら歩く

「足柄古道」ハイキングコースは、一般的に大雄山駅付近の関本宿から足柄峠を越え、JR足柄駅までとされていますが、関本・矢倉沢間は、足柄神社等の名所旧跡があるものの経路のほとんどが車道や舗装道路のため、ここでは矢倉沢バス停を起・終点とします。
小田急線新松田駅あるいは伊豆箱根鉄道大雄山線大雄山駅前の関本で地蔵堂行のバスに乗り、矢倉沢バス停で下車します。
下車後、右から合流する県道726号線を100m程進むと左に矢倉沢公民館の公衆トイレがあります。
この先、夕日の滝、地蔵堂までトイレがありませんので必要があれば寄っていきましょう。
矢倉沢バス停に戻り、バス停のすぐ横の細い道を下ります。

道なりに進むと細い舗装道路に突き当たりますが、この道が旧矢倉沢往還でしょう。
右には石垣があり、矢倉沢表関所跡の説明板が見えます。
隣の民家の庭先には矢倉沢関所跡の石碑がありますが、個人宅の庭先にあるので見学には注意しましよう。
この関所は、江戸時代に箱根関所の裏関所として旧矢倉沢往還に設けられた関所です。
ここからは、左下にあるマス釣り場や道端の古い石碑等をみながら舗装路を緩やかに登っていくと水車のある直売所があり、県道78号線に出ます。県道の反対側には足柄古道の道標が見えます。
注意して県道を横断してから一旦戻るように右に上がった後、3~40mほど先を左に曲がり、林の中の作業道を進みます。
イノシシ防御柵を抜けると展望が広がり、左に箱根外輪山につながる山並み、右には茶畑の先に矢倉岳が美しく望まれます。
この先、再び県道に合流してから少し進んだ右側には、1590年(天正18年)秀吉による北条攻めの際、家康軍が陣を張ったという「家康陣馬の跡」の説明板が見えます。

定山林道に沿って地蔵堂まで歩く

ここから地蔵堂までは舗装道路沿いの緩やかに登る道です。
陣馬の跡を過ぎると「古道入口」バス停があり、左上に向かって古道に入りますが、ここには19世紀初頭、文化年間に祀られた石仏があります。

新しく整備された道路横の林の中を通っていくと「はこね金太郎ライン」(定山林道)に出ます。
道は、右の内川、左の狩川に挟まれた尾根上を通る林道の路肩にあり、緩やかに登っていきます。
この林道沿いには、山城である「定山城跡」、「ひじ松神社」などの史跡があります。
かつての古道は、このひじ松神社あたりから林道をショートカットするように、ハマグリの化石が発掘されたという蛤沢に沿って内川に下り、地蔵堂周辺に繋がっていたとの説もありますが、ルートが不明なため林道を進むことにします。

ひじ松神社から先、林道が下り気味になると右上に登る階段が見えます。
登りきったところには、矢倉岳が見える墓地があり、墓地の隅から下っていくと水場の先に古い石の馬頭観音像があります。
この先で車道が三叉路となっており、右の夕日の滝方面になだらかに下っていきます。
左には、新しく整備された駐車場と付近の観光案内図が掲げられてあり、右には矢倉岳が目前に望まれます。

駐車場を過ぎるとT字路となり、金太郎休憩所があります。
左は夕日の滝、右は地蔵堂方面です。夕日の滝へは、30分ほどで往復できるので時間に余裕があれば寄り道しましょう。
棚田脇の道を緩やかに登り、滝へ向かいます。
滝の手前にはキャンプ場があり、シーズンは賑わうところで、この先にある夕日の滝は高さ20m程の見ごたえのある滝です。
滝手前の「金太郎の力水」で水を補給して金太郎休憩所に戻ります。
この付近には「金太郎の生家跡」や「金太郎の遊び石」等があり、金太郎伝説にちなむ場所があります。

緩やかに車道を下っていくと右に公衆トイレがある駐車場があり、すぐ先には地蔵堂があります。
ここには、新松田駅、関本から直接バスで来ることができます。単調な林道歩きを省きたい場合は、ここまでバスを利用するのもよいでしょう。

地蔵堂から万葉の趣ある古道を通り足柄峠へ登る

地蔵堂付近には有名なうどんの店があり、店前を左の舗装道路へと進みます。
この道は、旧甲州道ともいわれており、県道78号線、相の川、茶畑を右下に見ながら進みます。
しばらくすると相の川橋バス停付近で県道に合流します。
ここからは、車輛の往来に注意しながら10分ほど傾斜のある県道を歩きます。
何度か曲がりながら次第に高度を上げていくと左側に大きな石碑があり、その後ろに足柄古道入口の道標が見えます。見落とさないよう注意しましょう。
石碑の後ろの山道に入るとようやく舗装道路から解放され、いかにも古道という気持ちのよい山道に入っていきます。
曲がりながら高度を上げていく県道と何度か交差しながらスギやヒノキなどの針葉樹、広葉樹林の山道を登っていくとやがて東屋のある見晴台に着きます。

ここには足柄古道の解説板やバス停もあり、箱根外輪山と矢倉岳の眺望が見事です。

見晴台からは、県道に沿った緩やかな山道です。
少し歩くと再び県道に出ますが、道路の反対側に和田山林道の鉄製のゲートが見え、その右側に足柄古道の古びた案内標識と石畳の道があります。
この石畳道を緩やかに登りながら進むと道は途中で二俣になりますが、この2つの道は上部で再び合流します。

足柄古道の標識は、右方向を示しています。
石畳道と別れ右側の山道をジグザグに進み、しばらくすると先ほどの石畳道と合流するところに金太郎伝説や、大江山の鬼退治に登場する源頼光が腰掛けたという「頼光の腰掛石」があります。
石畳道をしばらく登ると再度二俣に出ますが、ここには「左足柄峠」の道標しかありません。
左へ進むと2〜3分で足柄関所跡のすぐ横の車道に出ることができますが、今回は、右の緩やかな道へ入ります。
少し歩くとその先には、白い馬の像がある足柄明神の祠があります。
目の前が大きく開け、相模湾や箱根の山々から条件が良ければ大涌谷の噴煙をも望むことができます。

足利明神を先に進むと鳥居をくぐり車道に出ます。
右は、足柄万葉公園方面ですが、左に進むと足柄城の城郭跡横を通り、先ほどの二俣の左からの道を合わせ、足柄峠に出ます。

道路の右には公衆トイレがあります。
そのまま進むと足柄峠交差点にでますが、ここ足柄峠は、東は、今登ってきた足柄古道で矢倉沢を経て関本へ、南は、今は通行できませんが箱根外輪山最高峰の金時山への道、西は、足柄、小山方面へ、北には山北方面への道の交差点です。
峠周辺には足柄関所址、聖天堂、新羅三郎義光吹笙石、足柄城址、万葉公園等の史跡や見どころが多くあります。

なかでも足柄城址は素晴らしく、階段を登ると景色が開け、美しいすそ野の富士山を眼前に望むことができます。

足柄峠から虎御石道(足柄古道)を下り、戦ケ入り林道をJR足柄駅へ

足柄城址を後にし、県道365号線を駿河小山駅方面に下ります。
二か所の六地蔵を過ぎると右に芭蕉句碑があり、左には、直路ケ尾道(赤坂古道)入口があります。
2019年の台風の影響により、通行止めになっていましたが、2022年秋から通行可能となりました。
赤坂古道入口を過ぎ、そのまま県道を10分ほど下ると左に虎御石道(足柄古道)入口の案内標識があります。
山道は、滑りやすいところもありますが、比較的緩やかで道から外れないようロープを張るなど整備されています。
しばらく下ると敵討ちで有名な曽我兄弟ゆかりの虎御前にちなむ虎御石の入口があります。
ここから虎御石へは往復1分もかかりません。

再び下っていくと堰堤を過ぎ、戦ケ入り林道に出ます。
この林道は、地蔵堂川に沿って下っていきますが、春には、途中の湿地状の水たまりの上の枝にモリアオガエルを見ることができます。
緩やかに林道を下っていくと大きな淵をかかえた銚子ケ淵があり、さらに200m程下った先の右の沢を入ると源頼光が金太郎と初めて対面したという「頼光対面の滝」の道標があります。
落差10mほどの滝と不動明王像が祀られていますが、10分ほどで往復できます。
林道にもどり、さらに5分ほど下ると右に嶽之下宮奥宮があり、この先で舗装道路に出ます。
民家の中の道を進み、踏切を渡ると新しくなったJR足柄駅に到着します。
また、踏切手前を右に進むと嶽之下宮本宮があり、境内には、小鮎川の対岸から移設された竹之下古戦場跡の石碑があります。

この古道を歩くにあたって

ハイキングレベルのコースだが、車道歩きもあるため注意が必要。

古道を知る

足柄古道の歴史-変わりゆく東海道

西国(中央)と東国を結ぶ東海道における最大の難所のひとつは箱根外輪山とそれにつながる山稜を越える道であった。
この道は、大和・飛鳥時代の碓氷峠越えの箱根古道、奈良・平安時代の足柄道、鎌倉・室町時代の湯坂道、江戸時代の箱根旧街道と併存、変遷の歴史があるとされる。
足柄古道は、足柄道、足柄路と呼ばれ、律令時代から奈良時代には、既に官道として整備され機能してきた。
802年(延暦21年)の富士山の噴火によって一時通行が途絶え、箱根越えの道が利用されたものの噴火が止んだ1年後には復旧していたとのことである。
碓氷峠越えの箱根古道に対する足柄古道の優位性は、前者が乙女峠と明神岳という標高1000m前後の二つの難所を越えるのに対し、横走(御殿場)から足柄峠(759m)を越え直接坂本(関本)、小田原方面に出ることができ、大きく労力を省くことができたことにある。
鎌倉・室町時代に入ると距離の短い箱根峠越えの湯坂道へ、また江戸幕府が開かれた後は箱根旧街道が官道とされ利用されるようになった。
しかしながら足柄古道はその脇往還である矢倉沢往還となり、物資の輸送や富士講の人々で引き続きにぎわったという。

竹之下の戦いと足柄古道-新田義貞と足利尊氏の戦いの地

1333年(元弘3年)鎌倉幕府滅亡後の建武の新政時代に、後醍醐天皇方新田義貞軍と足利尊氏軍が戦い、戦さの様子は、「太平記」や「梅松論」等の史料に記されている。
1336年(建武2年)双方は、箱根・竹之下で戦い、尊氏軍が勝利して京都へ進軍、尊氏は一時九州へ落ちのびるも再度上洛を果たし室町幕府を樹立するすることになる。
この竹之下での戦いは「太平記」に「箱根竹之下合戦」とあり、JR足柄駅の近くの嶽之下宮境内に竹之下古戦場碑がある。
義貞軍は現在の竹之下に、尊氏軍は足柄峠に陣を張り、地蔵堂川沿で戦が始まったことからこの川沿いの林道は「戦が入り林道」といわれている。

足柄古道周辺の地質、地形

足柄山地は約200万年前から 70万年前にかけて形成された足柄層群が、プレート運動により隆起して生まれた。
地蔵堂南側の内川支流蛤沢周辺ではハマグリなどの化石が見つかっており、かつて海だった場所が隆起したことがわかる。
その後、箱根火山の活動により溶岩などの火山噴出物が足柄山地を覆い、その後、急激に隆起したため、現在では足柄峠よりも高い位置に溶岩が残っている。
また、夕日の滝では地層の状況を、また、その付近では直立した地層の露出を見ることができる。
足柄峠周辺からよく見える矢倉岳は、115万年前に足柄層群の中に貫入したマグマが噴火せず地下で固まった深成岩で、プレート運動により870mの高さまで隆起し、浸食されたことにより現在の形になったとのことである。

夕日の滝

落差20m近くある夕日の滝は、南足柄市の指定文化財となっており、滝の名は1月半ばに夕日が滝口に沈むところからつけられたとのことである。
キャンプ場も整備されており、シーズンには家族連れ等で賑わうところである。
箱根外輪山を水源とする内川が、夕日の滝断層の活動により滝となった。
この断層は、箱根火山堆積物と足柄層群との境にもなっており、下流の軟質な足柄層群を侵食して滝を形成した。
また、この一帯には金太郎生誕の地という伝説があり、金太郎は夕日の滝の水で産湯をつかったといわれている。
滝への入り口付近には「金太郎之力水」という水場と足柄の地形資質に関する説明版がある。(箱根ジオパーク一部引用)

足柄古道はいくつかある

足柄峠をはさむ神奈川県南足柄市、静岡県小山町とも数千年前からの土器、石器などが出土している。
また、足柄峠からも縄文土器が出土していることから足柄古道が官道として整備される前から人々の往来があったと考えられる。
また、富士山の噴火等の自然現象から峠に至る道には時系列的な変化があったとも考えられる。
峠の東の南足柄市側では地蔵堂から現在ハイキングコースになっている「足柄古道」とは別に「足柄古道」の北側を通り万葉公園付近の古楢尾砦跡に至る「万葉ハイキングコース」と呼ばれているる「旧古楢尾道」がある。
一方、静岡県側は、かつての「駿河国横走駅」の具体的位置が現在のところ不明とのことだが、「赤坂古道」を含む「直路ケ尾道」、「虎御石道」、「地蔵堂川道」等峠に至る道は、現在もいくつかある。
これらの道は、時間の経過による変化もあったと思われると同時に同じ時期に併存していたとも考えられる。

深掘りスポット

矢倉沢関所跡(表関所)

江戸時代の旧矢倉沢往還は、東海道の脇街道として商人や物資の輸送が多かったといい、矢倉沢関所は箱根関所の裏関所として設けられた。
また、内川の北対岸には裏関所跡があり、農民の通行が多かったといわれている。
関所は、小田原藩によって管理され、定番人屋敷等が設置され、藩士、足軽等も常駐していたようである。
なお、表関所跡石碑は、最後の定番人の子孫である末光家の庭先にある。

地蔵堂

地蔵堂の本尊は南北朝時代の作といわれる木造地蔵菩薩立像であり、入母屋造りの厨子とともに県の有形文化財に指定されている。
本堂は、1817年(文化14年)に火災に遭い、再建された。
1975年(昭和50年)にも消失したが、住民の手によって本堂内の厨子と本尊である地蔵菩薩立像や他の仏像はすべて救い出されたとのことである。
すぐ近くには手打ちうどんの名店「万葉うどん」がある。

足柄峠とその周辺

標高759mの足柄峠からは、縄文時代や奈良・平安時代の土器片が採取され、古くから東国と西国を結ぶ交通の要衝として利用されていた事がうかがわれる。
峠からの秀麗な富士山は、古来数々の歌人により詩歌に詠まれており、峠一帯には数々の史跡がある。
また、足柄峠は「かながわの景勝50選」にも選ばれている。
〇足柄の関
899年(昌泰2年)足柄坂に設置された関所。東山道碓氷坂(群馬県)とともに設置され、合戦時などに臨時に峠に関が設置されたことが記録に残っている。


〇足柄山聖天堂
弘法大師の開基と伝承され、現在は曹洞宗の寺院。本尊は秘仏「大聖歓喜双身天」で開運・縁結びとして古くより遠近に知られている。
浅草聖天・生駒聖天と並び「日本三大聖天尊」にも数えられており、地元では「聖天(しょうでん)さん」として人々に親しまれている。

〇新羅三郎義光吹笙之石
八幡太郎義家の弟新羅三郎義光(源義光)は平安中期の武将で笙の名手。
1087年、足柄峠にて豊原時秋に「御尊父(豊原時元)により笙の秘曲を譲りうけ、これを後世に伝えるように託された。貴殿に秘曲を伝授するので京に戻ってこれを守ってくれ。」とこの大石に座り、笙の奥義を伝えたと言われている。

〇足柄城址
1536年頃に北条氏綱によって築城されたとされているが、正確なところは不明。
1590年の豊臣秀吉による小田原征伐時に戦わずして落城したが、現在は本丸やその他の曲輪、堀切などの遺構が残っており、本丸から五の郭まで約600mの遊歩道が整備されている。
なお、ここからの富士山の眺望は抜群。

ミニ知識

万葉集、更級日記などにも登場する足柄古道

足柄峠を通る足柄古道は、古くから官道として利用され、東国から九州の警備に派遣される防人が、この地を通るときに振り返り故郷を懐かしんだ場所でもある。
彼ら防人や名もなき東人が詠んだ歌は万葉集にも多く納められ、その中でも「足柄」という地名が入った歌は20首ほどみられる。
足柄峠近くの足柄万葉公園には、これらの歌の歌碑がある。
また、更級日記では、1020年(寛仁4)菅原孝標の13歳の女が父親の任地である上総、現在の千葉県市原から上京する旅の途中での足柄越えの様子が描写されている。

まつわる話

金太郎伝説

足柄峠をはさんだ南足柄市、小山町ともに金太郎誕生の地であるとしている。
このほかにも日本各地に金太郎伝説があり、金太郎の人気には高いものがある。
金太郎は、足柄峠を通った源頼光に力量を認められ家来となり、名を坂田公時とあらため、京に上がり頼光四天王の一人となったといわれている。
南足柄市、小山町のいずれにも生家跡や産湯の水をつかった場所や遊び場所等がある(写真17)。
また、箱根外輪山には金時山、仙石原側には公時神社等金太郎にちなんだ場所もある。

ヤマトタケルと足柄峠  ―東(あづま)の語源となった場所-

古事記にはヤマトタケルが東征の帰りに足柄峠を通ったとの記述がある。
そのときに戦ったとされる山の神が足柄明神である。
足柄明神はその後、平安末期に矢倉岳の山頂に遷座して矢倉明神となり、室町初期には現在の場所である苅野に遷座し、昭和の時代に足柄神社となった。
足柄峠には足柄明神の小さな祠が残っていて、近年地域の人々により鳥居などが整備され、素晴らしい眺望が得られる。
晴れていれば、相模湾から明神ケ岳、金時山などの箱根外輪山やの大涌谷も眺めることができる。
またヤマトタケルがこの地で亡き妻を想い発した「吾妻はや」という言葉が「東」の語源と言われており、ここより東が「坂東」と言われ、古くから日本の東西を分ける場所とされてきたとの言い伝えがある。

ルート

矢倉沢バス停
25分↓↑ 25分   1.6 km
古道入口バス停
40分↓↑ 35分   2.3 km
金太郎休憩所
15分↓↑ 15分   0.9 km
夕日の滝
25分↓↑ 25分   1.4 km
地蔵堂
45分↓↑ 40分   1.9 km
見晴台
20分↓↑ 15分  0.8 km
足柄明神
15分↓↑ 15分  0.5 km
足柄城跡上
15分↓↑ 20分  1.2km
虎御前古道入口
35分↓↑ 45分  2.4km
銚子が淵
20分↓↑ 25分  0.5km
JR足柄駅

アクセス

◎公共交通機関
・伊豆箱根鉄道 大雄山線 大雄山駅下車、関本バス停から箱根登山バス地蔵堂行乗車、矢倉沢バス
停下車(バス10分)
・あるいは、小田急線 新松田駅前バス停から箱根登山バス 関本経由地蔵堂行乗車、矢倉沢バス停
下車(バス30分)
・JR御殿場線 足柄駅
◎マイカー
・東名高速・大井松田ICから県道78号線南足柄市、足柄峠方面」
・東名高速・御殿場IC
・東名高速・足柄スマートIC
◎駐車場
・長者橋駐車場(夕日の滝付近)
・地蔵堂駐車場
・足柄峠駐車場
・JR足柄駅前駐車場

参考資料

本多秀雄『あしがらの道:矢倉沢往還と足柄古道 』神奈川新聞社1993年
パシフィックコンサルタンツ(株)西淳二「土木研究 第13号」箱根路の変遷について―海路から陸路へ― 、都市地下空間活用研究会 森田真
「2分でわかる金太郎のふるさと南足柄」(ハイキング地図)南足柄市発行
「足柄千年古道を歩く」南足柄市観光協会他
「箱根ジオパークガイド6」箱根ジオパーク推進協議会
南足柄市HP
https://www.city.minamiashigara.kanagawa.jp/
小山町HP
http://www.fuji-oyama.jp/index.html

協力・担当者

《担当》
神奈川支部
葉上徹郎
《協力》
南足柄市役所 環境経済部 商工観光課 中澤順一
(敬称略)

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