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日本山岳会が選ぶ「日本の山岳古道120選」

21 関山街道 嶺渡り古道

陸奥と出羽を繋ぐ急峻な峠越え街道

関山街道は仙台から天童を経て山形と結ぶ、国道48号線とほぼ重なる街道です。
しかし関山を越える嶺渡りが馬も越せない急峻な道であったため、ほかの奥羽山脈を越える笹谷峠や二口峠よりも標高が低いにも関わらずあまり利用されませんでした。
嶺渡りの道は、伊達(仙台)藩が万治3年(1660)に開削した官道で、伊達領から羽前村山地域への道として、仙台側入口の坂下と山形側の長坂に、それぞれ番所が置かれていました。
新道が開通するのは明治15年(1882)で、それまで200年を超えて利用されました。
新道の関山隧道は犠牲者を出す難工事でしたが、馬車が通れるようになったことで重要な幹線となり、鉄道が開通するまで多くの人や物資が行き交いました。
松尾芭蕉が出羽を訪れる20年以上前のこと、寛文8年(1668年)に、大阪の俳人松山玖也と仙台の俳人浅田一車が連れ立ってこの街道を越えていきました。
「時鳥はつねや坂の舌もつれ」
「声もきれつ関山三里てほとゝぎす」
松山玖也『道の記(松山坊秀句)』より
※写真は、関山古道の嶺渡りの起点となる坂下番所跡近くにに立つ慰霊碑

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