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日本山岳会が選ぶ「日本の山岳古道120選」

3 本願寺街道 中山峠

開拓期に札幌と函館を繋いだ山越えの道

明治維新とともに新政府は北海道開拓に着手。
新たな行政の中心・札幌への道は東本願寺によって明治3年(1870年)から翌年に開削されました。
噴火湾岸の伊達から札幌までの103kmの内陸路は本願寺街道と呼ばれ、喜茂別ー定山渓間は山越えの難路でした。
明治6年(1873年)に室蘭、千歳回りの札幌本道が完成したために本願寺街道はすぐに廃れましたが、全面改修されて明治27年(1894年)に馬車道として復活。定山渓ー喜茂別間は最初の道とは異なる現・中山峠を越えるルートとなりました。
これが、ここで取り上げる虻田街道の中山峠越えの旧道(以下「旧道」)です。
昭和に入って戦後には国道230号となり、路線バスも通るようになりましたが、中山峠の札幌側は急カーブの連続で転落事故が後を絶たず「魔の山道」と恐れられました。昭和30年代に大改修が始まり、1969年(昭和44年)に全く新しい道に生まれ変わりました。
 このときに国道が別ルートに付け替えられたことによって幹線道路としての役目を終えた「中山峠旧道」を歩きます。喜茂別町川上地区の黒橋から標高831mの中山峠を越えて札幌市南区定山渓地区の薄別に至る約28〜30kmの部分です。また、峠の札幌側で、ルートが変わる前の「旧旧道」が「旧道」と並行している部分も歩いてみます。
※写真は、中山峠に建つ石柱。しかし、明治4年(1871年)に開削された最初の道・本願寺街道はこの峠とは違うところを越えていたと考えられています。

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