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日本山岳会が選ぶ「日本の山岳古道120選」

68 鰤街道 野麦峠

物語を生んだ飛騨越えの生活道

飛騨高山と信州の間には、南北に延びる飛騨山脈の、標高2500~3100mの高い山々が立ちはだかり、冬は豪雪地帯となります。
その中でも少しでも標高が低くて通りやすい峠の地形をめざして、いくつかの道がつくられました。
上高地を通る中尾峠やその南方、焼岳の南裾を通る安房峠、さらに南方、乗鞍岳の南稜線を越える野麦峠(1672.5m)、その南方の長峰峠です。
江戸時代には幕府直轄領となった高山と江戸との往復にも、正月を迎えるのに必要な鰤(ブリ)を富山湾から高山経由で松本や飯田などに運ぶためにも、また、善光寺詣でにも使われました。
そして、明治時代には飛騨の工女が諏訪盆地の製糸工場へ出稼ぎに往復する道でもあり、山本茂実の「あゝ野麦峠」やその映画化で有名になりました。
※写真は復元された野麦峠のお助け小屋

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